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伝通院(でんづういん)の由来
伝通院は、正式には「無量山 傳通院 寿経寺(むりょうざん・でんづういん・じゅきょうじ)」、
または「小石川 伝通院」ともいいます。
開山は室町時代の1415年に、浄土宗第七祖の了誉聖岡(りょうよ・しょうげい)上人が、
江戸の小石川極楽水の草庵で開創したのが始まリで、
東京都文京区小石川にある浄土宗の徳川将軍家の菩提寺です。
徳川家康の生母、於代(おだい)の方の法名「伝通院殿」に由来します。 於代(おだい)の方や千姫など、今も眠っており、女性の墓も多く、今もファンが熱心に全国から訪れます。
ほかにも幕末の志士、新撰組の母体を組織した清川八郎や詩人の佐藤春夫や作家の柴田錬三郎など
徳川家ゆかりの人から著名人まで数多くも眠っており、江戸三十三箇所観音札所の第十二番札所にもあたります。
文豪「永井荷風」は、明治12年に伝通院近くで生まれ、
明治26年までここで育った荷風は「パリにノートルダム寺院があるように、小石川にも伝通院がある。」と賞賛した。
かの夏目漱石も若い頃、この近くに下宿していたため、小説「こころ」で伝通院に言及している。
小説家「幸田露伴」一家は大正13年に電通院近くに転居して、現在も子孫が住んでいる。
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